hida的キネシ術について。 日々、気づいたこと、体験したことなどの記録&日記です(^^)♪
「3・11」の地震の意味はなんだったのですか?と聞かれることがあります。
正直、一介の人である私には
天か神か宇宙かわからないけれど、大いなる存在のこのような意図は計りかねることばかり。
ただ、定期的に、天災は多くの命を欲するようだ。という事実しかわかりません。

それでも個人的に思うことはあって、それは
この天災で失われた命は、新しい国で、今まで以上に才能を発揮して幸せに暮らしているに違いない。ということ。

そう思うのには、こんないきさつがあります。

小さいころ
TVで通り魔などの犠牲になる人たちのニュースで
被害にあわれた方を誰もがいい人と賞賛して号泣するのを見るたびに、
「なぜ、神様はそんなにいい人たちをむざむざ凶刃にさらしてむごい目にあわせるのだろう」と思っていました。

ある時、ふと、
「いい人だからこそ、別の世界から必要とされていて 今すぐそこへ行くには、今の人生をあんな形でしか終了できないんじゃないだろうか?」と思うようになったのです。
もちろん、だからと言って、無差別殺人犯を許しているわけではないんだけれど。

けれどこういった、突発性のものに巻き込まれる人って、
「いつもそこらへんをうろうろしている人」ではなくて
「たまたまその日だけその場所にいっていた人」が多いような気がします。
だからこそ「呼ばれたんだ」と感じるのです。
彼らは選ばれてそこにいったのだと。

ただ、こういった凶行に巻き込まれるというのは目につきやすい「スカウト」のされ方で、
他にも、何の前触れもなく突然死してしまう人とか、あり得ないような事故に巻き込まれて失われていく人も
きっと優秀だからこそ、今のこの世よりも必要とされているところへ「スカウト」されていったのかもしれません。

9・11のテロとの時に、その考えはかなり確信に近くなりました。
不謹慎に聞こえるかもしれないけれど
このテロがあったときに、どこかで新しい国が生まれて、それに必要な人材が集められたのではないかと思ったのです。
新しい若い国を素晴らしいものにするために素晴らしい頭脳が求められたのだと。

あのビルには世界のトップレベルの頭脳が5000人近くも集められていたのですから。

ほんとに言い方は悪いけれど
あんな都会のど真ん中で、ぽろぽろと砂糖菓子が崩れるようにあのビルだけがきれいに消滅してしまうなんて、はたして人の計算でできることなのでしょうか?
まるで、大いなる意図によって最小限の被害だけで何とかしようとする計らいのように、私には見えたのです。
もちろん、失われた人たちの身内にはそんなの何の配慮もなくて慰めにもならない、ただの非情なテロにすぎないということは承知の上ですが。

ニュージーランドの地震で、
到着したばかりの日本人留学生が巻き込まれ、前途有望な人たちが旅立った時、
「新しい国では先のテロで旅立った人たちが、素晴らしシステムを作り上げて
 今度はその国で暮らす若い意欲ある人たちがスカウトされたんだ」と思いました。

そして、今度の東日本大震災…
「新しい国では今度未開の土地を開いて、大勢の人たちが生活していくためのインフラ作りが始まったのかもしれない」とそんな考えが浮かびました。

粘り強く根性のある東北の人たちの魂を持った新しい人々なら、きっと新しい国を素晴らしく作りあげるに違いありません。
なにしろ彼らは選ばれし人々なのですから。

もちろん、これは私の想像であり、ある人にとってはとても失礼な妄想に聞こえると思います。
けれど、私はただ、失われていった命が「運が悪かった」だけだとは思えないのです。
ましてやあれが、「過去の業(カルマ)を清算するためのもの」だなんて、絶対に言いたくはありません。
何かしらの意味があるのだとすれば、今のこの時代の体ごと持って行けないどこかの時空で
強く強く必要とされ求められたのだと私は思うのです。

【2011/04/30 00:08】 | セッションの中で気づいたこと
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