hida的キネシ術について。 日々、気づいたこと、体験したことなどの記録&日記です(^^)♪
翌日、友人と10時にロビーで待ち合わせ予定。
ところが「体調がいまいちだから、待ち合わせを11時にしてくれない?」との電話が。

ホテルは「奇跡のメダイ教会」の近くだったのだけれど、
友人はその手のものに全く興味がないので、いつ行こうかと迷っていたところにこの申出。
「じゃあ、私、教会行ってくるね」と出かけたのでした。

徒歩5分ほどでその教会につくと、
いつもとは違う何やら派手なアフリカの民族衣装の方々がたくさん。
教会に入ると、「え?ここは黒人の人の教会?」と思うほど、たくさんの人が。
なんだか場違いに思えてきて出ようとしたら、ロープが張られて、ミサが始まってしまった!

すぐ終わるかと思いきや、長い長い。
朝のミサ、という程度じゃなくて、何か行事があったのか、
聖体拝領まで始まってしまった!!!

聖体拝領は行っていた学校では
「3歳まではいいけど、それ以上の年齢の子はキリスト教の信者」しか受けられないということだったのだけれど、
信者か信者じゃないか、なんて異国の地で異国の人にわかるわけもなく
聖体拝領の列に並ばなかったら、「行きなさい」と促される始末。
というわけで、3歳以来はじめて、聖体拝領をたまわることに・・・

そうこうしていたら時間はあっという間に過ぎて、待ち合わせに15分近く遅れるはめに。
慌ててロビーにかけこんでも友人の姿はなし。
いつもだったら15分遅れたとしても待っててくれるのに、変。
もしや、具合が悪いのでは?と思って、部屋から内線をかけても、
ドアをノックしても応答なし。

1時間くらいご飯をたべたりしてぼんやりまっていたけれど、
何も応答がないので、メールを打って、1時までに返事がなければ出かけますと伝言。

すると、ギリギリになって、友人が息せき切って飛び込んできた。

聞けば、私を待っている間に、昨日の日本人お母さんがロビーに降りてきて、
また、何やら困った様子。
昨日のあの後、娘さんの熱は一時的にさがったものの、依然容体が悪く、
旅行をやめて帰国することにしたので、その手配をしに来たとのこと。

ところが、今泊まっているホテルはいいとして、
この先泊まる予定のホテルを全部キャンセルしなければいけない、というのに、
手配した娘さんが動けない。
そこで、ネットを使ったこともないお母さんが
なんとか手配しようとするものの、
そもそも、サイトに入るためのパスワードすらわからない状況で、
結局、友人が、娘さんの許可を得て、娘さんあてのメールを全部チェックし、
すべての旅行のキャンセル手配をしてあげていた、というわけなのです。

そのタイミングが、私が帰ってきたのとほぼ入れ違い。
友人は、困っている親子の部屋で、旅行キャンセルの手続きなどを手伝っていたのでした。

その旨、ホテルのロビーの人に伝えてあったそうなのだけれど、
ホテルの人は私にそのことを伝えず。
で、結局会えずじまいだったのでした。

それを聞いて、様子を見に行くと、
娘さんは本当に寝込んでいて、かなり苦しそうな様子。
熱が40度以上あるそう。
室内を軽く見ると、テーブルの上にはパンとサラダ…
病気なのに、パンなんて食べられるのかな?

そういえば、体調悪くなったときのために、旅行用にもってきたけど
今回は全く食べていないおかゆが3食分あったを思い出して言ってみると
娘さん、ぜひ、欲しいとのこと。

様子をうかがうと、どうもお湯をわかすポットもない様子。
(パリのホテルは部屋に湯沸かし器がついてるところはあんまりない)

お母さんは固辞されたけれど、
お母さんだって、慣れない外国でいきなり娘さん倒れたら心労で、日本食が食べたいに違いない。
というわけで、勝手に、持っていた3食分のおかゆを友人のポットと一緒に差し入れ。

結局、すべての手配が終わったのは1時もとうに過ぎた頃でした。

友人がたまたま朝、具合が悪くなって待ち合わせ時間が遅くなって、
たまたま私が行った教会でミサに巻き込まれなければ、
再び困った親子を助けることはなかったのだけれど、

私がミサで足止め食ってしまったあたり、
もう、その時点で、神様がこの困ってる親子を助けてあげなさい、といっているかのよう。

よく、
「天使に出会った本」とかを読んでいると
「すごく困っているときに見知らぬ人が突如としてやってきて助けてくれた」的なことが書いてあったりするけど、それは、人の姿をとった天使、というより、
ほんとにその人たちは人間で、何かのはずみで、その場にいわわせ、手を貸す余裕もあって、ちょうどよく、天使として使われたんだろうなぁ。

なんて、今回の経験を通して、改めてしみじみ思うのです。

だから、この先、いつ何時、自分がまた天使の役目を負って誰かに手を貸すことになるかはわかりません。
もし、偶然、困ってる人に出くわして、それが自分の手に余らず、助けることができるなら、
それはあなたが神様に選ばれて、天使の役目を負ったのかもしれません。

そんなときは、めんどくさい、とか、用事が、とか思わず、
その偶然の流れに乗って、目の前の困ってる人に手を差し伸べて 自分が天使になるのがいいのではないかと思います。
そして手を差し伸べられた誰かが、いつか、あなたのことを思い出して
その、あんまりの出来すぎた偶然さに「あれは、ほんとうに人だったのか?」と
「私が天使に出会った話」を子供にきかせたり、お話に書いたりしてくれるかもしれませんよ。



【2011/09/21 22:06】 | セッションの中で気づいたこと
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