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hida的キネシ術について。 日々、気づいたこと、体験したことなどの記録&日記です(^^)♪
肉食についておもうこと。

いわゆるスピリチュアル系といわれる方々の中には「肉食はよくない」とベジタリアン化を推奨する方がいらっしゃるので、わたしもよく「ベジタリアン」ですか?と聞かれます。

わたしは胃弱なのでたくさんのお肉を食べると消化できずに具合が悪くなるので、なるべく食べないようにしていますが、外でだされたものは、もうお肉になってしまっているので、せっかくの命ですのでありがたくいただくことにしています。
(基本、だされたものを残すのが嫌いなので、よっぽどのことがない限り、食べ残すということはありません。なので人が残しているのものすごく気になって、大皿料理などは最後の片付け役になることがしばしば・・・)

そういうわけで、基本野菜を中心に、魚は食べて、肉は食べない、という感じです。
犬を飼ってから、なおさら、お肉を食べるのがはばかられるようになり(犬はおいしくお肉をたべていますが)、原則、「通じ合えるもの」は食べないことにしています。

水族館に行くと、いるかなどは呼ぶと来てくれるので、そういうものは食べない、けど、ほかの呼んでも来てくれない魚は通じ合えないので、食べる、という基準です。

ちなみに、通じ合えても、少しなら、クジラは食べてもいいと思っています(食べたことはありませんが)
だって、クジラ一頭が必要とする魚の量と、クジラ一頭で賄える人の命の数を考えると、、クジラ一頭でまかなっていただける命の数は多く、だったら、生態系を崩すほど増えすぎているような状態になるのであれば、やっぱり、少しなら、いただいたほうがいいのではないかと思うのです。なにしろ、日本人はかつての某国のように油をとるためだけに狩るのではなく、全ての部位をあますことなく使いきる技術をもっているのですから。クジラ一頭の生産性ときたら、すばらしいものがありますよね。

さて、話しはもどりまして、肉食の話です。わたしは基本肉食ではないですが、肉食の人はある程度いてくれたほうがいいと思います。たとえば、日本にはオオカミがいなくなってしまったため、生態系が崩れ、鹿やイノシシなどの野生動物による獣害が増えているといいます。

よって仕方なく、多すぎる分を狩っているそうなのですが、そのほとんどがただ狩っているだけなのだそうです。「食べるために必要以上に狩る」のは問題だと思うのですが、「生態系維持のためにしかたなく狩られた」鹿やイノシシを、肉食の方たちがありがたく頂いて、自分の命の糧とすれば、人間都合な言いまわしですが、狩られた命も、まだ無駄死にではなく、生態系のリズムになって循環するとおもいませんか?

よく「肉食をやめたら病気がなおった」という本があったりしますが、個人的にはこれはこの人の体質とお肉が合わなかった結果なのだとおもいます。知り合いでドイツ人と結婚してドイツにすんでいる方は、とってもグラマラスで魅力的な子なのですが、結婚前の写真を見たら、拒食症レベルで痩せていて、しかも(写真でわかるほどに)ものすごいアトピーでびっくりしたのです。
彼女いわく「ドイツに来て、彼に育てられてこんなになっちゃったけど、脂肪がついたせいか、前より寒くないんだよね~」とのこと。(おまけにアトピーもきれいに治っていて、プルプルのお肌で、写真をみるまでアトピーだったなんてまったくわからない状態でした)
私がドイツに行ったのは11月なのですが、日本の2月の最高潮に寒い時期大雪がふったような寒さだったのに、彼女は胸元がざっくりあいた、セクシーなお洋服。(もちろん、外に行く時はコート着てましたが、私たちはセーターダブルにタートルネックで凍えてました)
「これはもしや肉パワー?寒いところにすむには(お野菜もそんなに育たないだろうし)肉をありがたくいただくしかないんだね」と思いました。
人は与えられた命を全うした方がいいと思うので、そのためにお肉が必要であれば、やっぱり食べるのが自然の流れなのだと思うのです。

そういうわけで、わたしは「肉食を否定しますか?」ときかれたら、「わたしは食べないけれど肉食の人がいてくれたほうがいいこともある」と思うので、否定しないことにしています

【2013/01/28 22:29】 | セッションの中で気づいたこと
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