hida的キネシ術について。 日々、気づいたこと、体験したことなどの記録&日記です(^^)♪
2006年くらいまで合計2軒のお店で5年くらい石屋のスタッフをしていて、その後も、他の石関係のショーでお手伝いを臨時でしていたりしたのですが、

いろんなショー、色んな石屋さん、いろんなお客さんを見ていて思うのは、

「石を持ちさえすれば、いいことがある、なんてことは、まずないけれど、
 惚れた石と丁寧に暮らせば、人生がかわることもある」 ということ。

店頭やショーなどで売られている石は、
ちょっと例えは変だけれど、

お見合いパーティーで条件のいい異性を確実に落とそうと戦闘態勢に入っている人のようなもので、
とってもギラギラしているんです。

だから会場(お店)で一目ぼれして、
「これは会場の熱気に惑わされているのかもしれない」と、一息冷静になってみても
「今日、買わなければ、もう二度と会えないかもしれない。そもそも、こんな考えているうちに、
 誰かに買われてしまうかもしれない」と思うと、いてもたっても居られなくなって

「えい!これを買ってもよくなることはあっても悪くなることはあるまい!」と大枚はたいて買ったのに、

家に帰ったら、「あれ?さっきはあんなにキラキラしていたのに、気のせいか、なんか、キラキラが減ったような?」と首をかしげ、数日たつと、帰宅した時にはわずかにあったキラキラが消えて、熟睡しているような、うんともすんとも言わない状態に・・・

こういう経験した方、多いと思います。
私も何度もあります。
買った時はキラキラしていたのに、今では、うんともすんともいわず、ただただひたすら眠りこけている石が。

最初はこういう石を買ってしまうたびに、「やられた!」と悔しかったのですが、
そもそも「石は人間のために働いてくれる、パワーストーンである」という先入観が間違っていて、

石を買う時は
「無理やり鉱山から掘り起こされた石たちが、再び安全に眠るために守ってくれる人間を探している」ということも視野にいれておかなければならないと思うのです。

私の場合、眠りについた石たちは、そのクオリティーにも関わらず、びっくりするほど存在感なく部屋の片隅に鎮座していますが、反対に、

「これ、足のマッサージにちょうどいいんじゃない?」とか
「寝た時、腰の下に入れると、ちょうどいい大きさかも?」とか、
「PCに疲れた時、額の上に置いたら気持ち良さそう」とか、

結構、適当な理由で買った石が、頻繁に使いこむせいか、買った当初よりも、透明感が増したり、輝きが強くなったりするんです。

そういうタイプの石は、体が疲れた時に、その石を使ってメンテナンスした時と、そうではない時に、
翌日の体の回復の仕方が全然ちがって、「おお!石からパワーをもらってる!」と実感します。

世の中で働きだすと、
見た目や学歴や表面的な性格と、仕事の出来が違うとがっかりする半面、

最初、出来が悪いと思った子であっても、
丁寧に指導したら、急激に伸びたり、
適性のある場所に代えたら、期待していなかった才能を発揮しだしたりするいうことを体感する機会が多くなってくると思いますが、

石もそんな感じです。

なので、最初から、「この石は@@の力がある!」と、期待するより、

「この石は@@といわれているけれど、私の所へ来たら、どんな風になるんだろう?」と楽しみにしながら、
石と一緒に生活していくのが、石の持つ力を引き出す、いい暮らし方ではないかと思います。




【2014/06/23 12:26】 | セッションの中で気づいたこと
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